第七話 亀裂(小説:モテすぎた男)

福岡小説小説:モテすぎた男
2017年1月24日 火曜日

瀬尾が帰った後のクラブ「アマルフィ」は異様な雰囲気に包まれていた。

近藤将彦が出て行ったあの時とはまるで違う重苦しい空気だ。

田村は、毛利を呼んで何故あれ程に激昂したのかを聞かなければならなかった。

友人としてではなく、セミナー主催者として当然のことだ。

 

「毛利さん、ちょっとこちらでお話しませんか?」

「いや、大丈夫だ。」

田村の呼び掛けに毛利は応えるつもりはないようだ。

 

「みなさん、すいませんでした。楽しくやりましょう。」

毛利はそう言って、そのまま安田優里菜のテーブルに腰を下ろし、三上の居るテーブルに戻ることは無かった。

 

「優里菜さんと言ったかな?瀬尾とはどんな話をしていたの?」

「はい。安田優里菜です。外資系金融業とはどのようなお仕事をされるのかについてお聞きしていました。」

「それ以外には?」

尚も探りを入れる毛利であったが、安田優里菜は淡々と答えた。

「それだけです。今日も一つ投資のお話を決めたそうです。そのお話の途中から急に周りが騒がしくなったものですから。

逆に、何か気に障るようなことがありましたか?」

「いや、いいんだ。悪かったね。なんだか僕が雰囲気を悪くしてしまったようだ。明石君こっちで一緒に飲もうよ。」

バツの悪くなった毛利は、隣のテーブルで心配そうな表情を浮かべる明石に声をかけた。

「さあ、飲み直しましょう。お二人とは始めましてですし、宜しくお願いします。」

安田優里菜のテーブルが落ち着きを見せていた頃、田村は三上のテーブルに居た。

 

「三上さん、毛利のやつ一体どうしたんです?あんな毛利、初めて見ましたよ。」

「いや、俺にもさっぱりわからんよ。あちらのテーブルは豪く盛り上がっているなと思っていた矢先にさっきのあれだ。毛利さんのお気に入りか何かかい?」

「違いますね。毛利は初めてのはずですよ。ところでどうですか?奴との話は進みましたか?」

先ほどの事も気になるが、今日の田村は考えることが沢山ありすぎる。

「いや、全くと言っていいほど進んでない。」

「やっぱりそうですか。」

わざと難しい顔をして見せた田村だったが、三上は至って平静であった。

「何らかの事案で手を組もうと合意出来ただけでも吉だ。彼も差し迫った何かがあるなら別だが、具体化した案件が無ければ話に身も入らんよ。これからだよ。いづれにしても彼と何かのビジネスがしたい訳ではないんだから。彼の「浜夕」の権利、なんとしても頂くぞ、宜しく頼むな、田村。」

 

確かに三上の言う通りだなと思った。

しかし、順風満帆の経営を続ける毛利に差し迫った事案などないであろうことを同時に思っていた。

三上の席を立って自身のテーブルに戻った田村は、改めて店内の状況を確認してみた。

 

つい先程まで話していた三上は、一仕事終えた安堵感からかホステスの女性とグラスを傾けていた。

向かい合わせのテーブルにいる二人、和田と佐藤はどうだろうか?

其々に付いている女性と楽しそうに談笑している様子が伺えた。

(良かった。二人は楽しい時間を過ごせているようだ。)

ふと気が楽になったのも束の間、博多駅施設内の喫煙ルームでの和田とのやり取りや、藤原明日香を攻略する術はもう無いという確定にも似た事実を佐藤に告げないといけないと思うと一瞬にして重たい気持ちに引き戻された。

 

さて、意味不明の騒ぎを見せた毛利と、そんな彼に付き合わされる形で席を共にしている明石はどうであろうか。

明石の顔には今一つ腑に落ちていないような、毛利との席が落ち着かないようなそのような雰囲気が見て取れた。

しかし、この店一番人気の安田優里菜が接客していることもあってか、ギスギスとした様子は感じない。

残り時間も半分と云った所になって、田村は今夜のことを考えていた。

 

 

一方、藤原明日香は谷川旬に質問を投げかけていた。

 

「さっきの瀬尾さんのアレ、しゅんちゃんのことじゃないの?」

「どうだろうね?もしかするとそうかも知れない。ただ、瀬尾さんの仕事柄、投資案件なんて沢山あるんじゃないのかな。」

「しゅんちゃんは本当にお人好しね。」

柔らかい笑顔で投げかける藤原明日香に対して、谷川旬は優しく聞いた。

「どういうこと?」

「ううん。何でもないの。しゅんちゃん、なにがあっても私が付いているからね。私がしゅんちゃんを守るから。」

「どうしたんだよ?あすかちゃん。何か変だよ。」

そう答えた谷川旬を真っすぐな強い眼差しの藤原明日香がやさしく抱き寄せた。

 

そして、耳元で

 

「しゅんちゃん、恋人とか愛情とかそんな虚像はいらないの。

初めからひとつなんだよ。分からなくてもいいの。あなたはわからなくていい、わたしの存在が答えだから。」

 

と静かに囁いた。

 

谷川旬は愛情や、驚嘆、いや違う。

今までに経験したことのない想いを抱きながら、激しく高鳴る鼓動を感じた。

 

「毛利さん、少し熱が入りすぎたようですね。予定変更はありますか?」

「明石君、その件については後ほどと云う事にしよう。」

明石に目をくれることなく言った毛利に、静かで穏やかな口調ながらそれとは反する意思を持っているかのような力強い眼差しの明石が続けた。

「それでは困ります。これはチームの話です。先ほどのことはあなたのミスです。小さなミスかもしれないがそれが致命傷になるかも知れない。予定通りか、変更か、どうなんです?」

「変更なしだ。」

絞り出すように答えた毛利は、斜め向かいに座る安田優里菜の様子を確認した。

彼女は下手に視線を逸らすことなく、

「このような所ではいろいろなお話が飛び交っています。それが如何に重要な秘密であれ、取るに足らないお話であれ、私たちが他言することも、興味を示すこともありませんのでお気に無さらないで下さい。」

感情の無い笑顔と共に答えた安田優里菜に毛利は続けた。

「それもそうだね。こういう所では実に様々な話が飛び交っているだろうね。人には言えないようなお金の話や、人間関係の軋轢、有名人の裏話なんかもありそうだ。何か面白い話聞かせてくれないかい?」

「そのような話はあったような無かったような、どちらにしても」

「言えません。」

「言えません、だよな。」

二人は僅かばかり本心から笑顔を覗かせた。

その様子を横目に明石は、自身の内に広がる言い知れぬ感情を押し殺すのに必死であった。

毛利さん、谷川旬さん共に出会って間もない。

間もないどころか、少しばかりその人柄に触れただけだ。

なんだろう?

谷川旬さんと居た方が楽しい、、今回は毛利さんが悪で、谷川旬さんが良なのは当然だ。

毛利さんには隠しごとなく腹を割って接して来た筈だ。

一方、谷川旬さんには当然ながら謀の話しかしていない。

 

心の内に広がる何かが、毛利への不信感であるのか、今回の作戦の失敗を心配してのものか、それともそうではない何なのか解らぬ中、その何かを抑え込むことで精一杯であった。

 

所変わって中洲のはずれの立ち飲み屋でグラスを傾けていた瀬尾もまた、昨日までとは違う感情を打ち消すことに必死であった。

さっきのあの態度は何だ。

いくら毛利さんといえど許しがたい。

当然、自分に非があることは間違いない。犯してはいけない失敗だった。

しかしながらあれは無い。

俺は彼の家来でもなければ、ましてや小間使いでもないのだ。

しかも大好きな安田優里菜の目の前であれ程の醜態を頂戴したことは許しがたい。

なによりも俺はエリートだぞ、、。 時には一日にして数億を動かす男だ。

多少お金を持っているとは云え、毛利なんてただの居酒屋のオヤジじゃないか。

今回だって到底無理であろう作戦に協力してあげているというのに感謝や、尊敬の念は微塵も感じることは無い。

明日の朝全員が集まった所で、毛利の魂胆を洗いざらいぶちまけて彼にも俺と同じような恥辱を味あわせてやるか。

 

いや、そんなこと出来る筈もない。

 

瀬尾にはそこまで高ぶった反感を抑え込むだけの要因があった。

 

“あの時の三千万円。それこそ俺の人生が吹き飛んでしまう。”


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