第一話 好きです。(小説:モテすぎた男)
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女性を落とす為にお金は必要ありません。
しかし、外見は良いに超したことはありません。
人は勘違いの生き物です。
勘違いさせましょう。
勘違いさせることが出来たなら、あなたの勝ちです。
そこまで書いて、ペンを置いた。
原稿用紙で50枚、 時間にして30分はいけるかな。
このところ、二回目、三回目という受講者が多くなってきた。
基本的には一回切りのカリキュラムしかないのだけど、金になるから断る理由はない。
一泊二日の研修で30万円。
朝食と夕食それと夜の社交場研修1ケ所付。
宿泊先はビジネスホテルという内容だ。
高い。断然、高い。
俺ならまず、行かない、絶対行かない。
でも、沢山来ます、生徒さん達。
みなさんモテたくて仕方ないようです。
私のもとには大勢の悲しき男性諸君が集まってくる。
モテたい。
意中の相手を落としたい。
彼女が欲しい。
結婚したい。
それは無理なんです。
モテたいと思う気持ちと、特定の人と結ばれたいという思いは、相反します。
モテる人生は地獄ですよ。
一生モテ続けることも地獄です。
ある一時期に強烈にモテることはもっと地獄。
では逆に、一生モテないことは地獄でしょうか?
ある人が言った。
本当の不幸は二つしかない。
モテる人生とモテすぎる人生。
あなた方にはその何れの道も必要ありません。
だって地獄を見たくはないでしょう?
さあ、行きましょう。
ここからがスタートです。
こんな感じで講義はスタートする。
いつもこんな感じだ。
二回も三回も同じ内容の講義を受けるには、それだけの理由がある。
受けた側が、それなりの手応えを掴んでいるからだ。
言い換えれば、それだけ私の教えに心酔しているとも言える。
私は、田村秀明40歳、妻無、子無、資産無、あるのは一度の離婚歴だけだ。
今回の参加人数は初参加6名、二回目2名の合計8人である。
ちなみに、参加者にはそれなりの条件を設定してある。
その一、年齢。
下は構わないのだが、上限は55才までとしてある。
理由はいろいろだ。
その二、どんなに資産が在っても無職はお断りだ。
その三、健常で無いというと語弊があるが、女性のみを恋愛対象としない方もまたNGだ。
参加要項に触れるのはこの三つだけ。
もうすぐ集合時間の15時になる。
最後に参加者リストの確認をしておこう。
【明石慎也32歳】【近藤将彦27歳】【佐藤吉備48歳】【谷川旬29歳】【三上大輔45歳】
【和田健22歳 】【瀬尾博之35歳】【毛利則之40歳】
基本的に事前情報は少なめだ。
受講者との対話の中で、その本質を見極めていくことが重要だと考えている。
そろそろ時間だ。さあ、会場へ行こう。
会場となるホテルの一室は、いつも殺伐としている。
参加者は皆がライバルとでも思っているのか、それとも高い授業料を回収することで頭が一杯とでも言ったところか。
二回目、三回目の参加者ほど、その傾向は強い様だ。
15名で満席の部屋に、8名の男と私、それと大きめのホワイトボードが一つ。
殺風景な景色だ。
「初めまして、田村秀明です。今から明日の夕刻まで一緒に頑張っていきましょう。
何も特別なことは必要ありません。皆さんの気持ち一つで劇的に変わります。
それでは、早速始めていきましょう。」
「突然ですが、あなたが今、気になっている女性が目の前にいます。あなたはその女性をチラチラと見ていたとします。するとその女性が、“なに見ているんですか?”と言って来たとしましょう。なんと返しますか?明石さん。」
「えっと、うっ、見ていません、もしくはすいません。と答えると思います。」
「その女性が御一人であった場合、それも正解です。但し、複数の人数で居らっしゃった場合は不正解です。その場合は何というのが正解でしょう?瀬尾さん。」
「あなたもこちらを見ているから、私と目が合うんですよ。」
さすが二回目の参加だ。
欲しい答えをきちんと出してくれた。
「今の回答を踏まえて、もう一つだけ質問をします。回答はお手元の用紙に記入してくだい。そして、誰とも相談しないでください。回答も見せないでください。
それでは問題です。
先程の回答における、あなたの感じた疑問点を記入して下さい。」
とくに制限時間は設けてはいないが、皆のペンの進み具合で頃合いを決める。
いつものやり方だ。
参加者たちは質問の意味事態が意味不明かも知れない。
それならそれでいいのだ。
恋愛とは発想と機転とタイミングの上に成立する生き物なのだ。
世の中に、こんなに多くの人がいる中で、出会った瞬間に、両想いに到達する確率は限りなくゼロだ。
豊かな発想力は、恋愛成就には欠かせないアイテムなのだ。
この質問を出したのは、今回が初めてだ。
過去の参加者たちにもしたことは無い。しかし、講義の本流はいつも変わらない。
この質問に答えられないようなら、次回も参加する羽目になるかも知れない。
静かな部屋に、ボールペンの乾いた音が響いた。
全員のペンが動きを止めたのを見て、用紙を回収した。
正解と言える回答を出してきたのは3名。
二回目参加の瀬尾博之、あとは何れも初参加の近藤将彦と谷川旬だ。
講師の田村は、正解者をそれと無く観察していた。
先ず、二回目の参加となる瀬尾博之、有名私立大学卒業後、外資系金融会社に勤めている。
その経歴が自分の誇りだという強いオーラが全身から漂っている。
身長は173cmといったところか、ガリガリに痩せている。
特徴的なのは眼鏡だ。金融マンであることを伺わせるには最も適したアイテムかも知れない。それくらいに馴染んでいる。
恐らく彼は、自己紹介がクライマックスタイプの人間だ。
次に、近藤将彦、こちらは三流大学卒業後、地方公務員になった安定型の人間だ。
彼の特徴もまた、痩せの高身長。
多分彼はもう少しふっくらとしたらここに来るべき男にはならないだろうと思った。
ただ、それだけで良い筈なのにと、二度見してしまった。
別の意味で二度見するほどのいい男が、三人目の正解者、谷川旬だ。
高校卒業後、アルバイトを経て、起業。
IT関係の小さな会社を経営している。
中肉中背より、やや細身。容姿は申し分なく、スタイルも悪くない。
ただ、何故こんな人間がここに?とは思わない。
とにかくモテるのに、意中の相手には振り向いてもらえないだとか、何故自分自身がこんなにモテるのか全く分からない。といった男性は案外多いのだ。
観察が終わったところで、答え合わせだ。
正解は、“なに見ているんですか?”と言ってきた女性の、トーンの違いに応じた答えがあっても良いんじゃないのかという疑問を感じることが出来たかどうかだ。
怒ったように言ってきているのか、あくまで確認の為に、控えめに言っているのか?それとも天使からプレゼントが降ってきたかの如く、誘うようになのか?
また、複数人いるシチュエーションを考慮せずに、今回の回答が正しいと言えるのかという疑問だ。
例えば、その女性に仲間内の女性が同席しているのか、はたまた明らかに彼氏では無さそうな男性が一緒だったのか、あなたは一人だったのか?女性との同席の場で、別の女性にそのような視線を送ることないであろうから、複数の男性と一緒の時であったのか。
それに場所も重要になってくる。
職場なのか、酒の席か、全くの初対面だったのか等だ。
要するに、あるタイプの女性に対する明確な答えがあるのではなく、その女性に適した答えを、その時の状況に最もフィットするように変化、即ち、応用することが出来る事が重要なのだ。
田村の悦に入った講義に、早くも暗雲が訪れようとしている。
初めての参加となる、毛利則之は呆れたとばかりに大きなため息句を吐いた。
不正解の参加者たちはこのわかりにくい回答を聞くために30万円も払ったのかと、講義開始早々に、不安に似た表情を浮かべている。
まあ、毎度のことだ。
この段階で、なるほどそういう事かと、瞬時に理解できるようなら此処には来ない。
そんな受講生達の扱いにも慣れたものだ。
こういう“正解が在って無いような”講義には、実際の女性とのレクチャーが一番手っ取り早いということも分かっている。
ただし、それは飛切の美人でなければ意味がない。
ここで、アシスタントの女性を入室させた。
藤原明日香24歳、身長168cmの長身で、上品な茶髪で艶っぽい。其れで居て、水商売のような雰囲気を全く感じさせない稀有な女性だ。
殺風景な部屋が、一段と彼女を引き立てる。
参加者たちの表情から、一目見ただけの彼女に心を奪われそうになっているのが分かった。
当然ながら、アシスタントの女性は毎回変わる。
そうしなければ、何度目かの参加者に緊張が生まれないからだ。
参加者全員が初見となる彼女も、今回の講習の為だけに応募してきた一度きりのアルバイトだ。
ここからは、藤原明日香にバトンタッチだ。
受講生一人ひとりに、“私のことはタイプですか?”と質問をぶつける。
その受け答え一人ひとり、またその一つひとつを分析し、適性を見る。
一人目の参加者へ質問し、また次へ、それほど重要でなければ、アドリブも必要ない。単純な流れ作業のはずだった。
しかし、4人目の参加者への質問の際、変化が起きた。
3人目までは「私のことはタイプですか?」と質問し、受講生とのやり取りを見せていた藤原明日香だったが、その口から出てきたのはお決まりの質問では無かった。
「私はあなたが好きです。ずっと前から。あなたを見ていました。」
部屋全体がざわつき出した。藤原明日香の発言が今までと違うという事だけではない。
彼女の、その本気の雰囲気が参加者全員に伝わったからに他ならない。
4人目の男、それは谷川旬だった。
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