第6章:破滅(小説「悔恨」)

福岡小説小説:悔恨
2015年10月26日 月曜日

心待ちにしていた連絡が入った。

先週の月曜日に、銀行担当者との面談は終わっていた。

但し、株式会社ニュートンスクエアでの融資申し込みの為、細かいことが把握できていない。

後の事は、谷中に任せていた。

谷中のもとに取引銀行から連絡が入ったのが水曜日の午後だった。

 

谷中「厳しいばい。」

重苦しい声に、頭がくらくらして来た。

弘一朗『いくら?ゼロはないやろ?』

谷中「5,000」

弘一朗『5,000かぁそれは厳しいな。理由はあれか、やっぱり。』

谷中「そうね、関係会社貸付金に関してはかなり厳しく言われたね。迂回融資まで疑われたもんね。」

 

弘一朗も分かっていた。

先週の面談で銀行から指摘されたのはその一点のみだ。

それさえなければ、運転資金名目だけでも、無担保で1億からそれ以上是非借りて頂きたいとお願いまでされた。

 

谷中「まぁ、結果は結果やけんね。」

弘一朗『それで、幾ら廻せる?』

 

谷中の回答は0円だった。

これでは、銀行融資0円と同じことだった。

0円調達するために5,000万円の連帯保証人に原田弘一朗と井川純二はなるのだ。

弘一朗は純二に電話を入れた。

『駄目。うちには一円もまわってこんらしい。あんたと俺連帯保証人やけさ、どうしようか?』

 

「社長に任せますよ。俺は全然構わないですよ。谷中君がそれで助かるっていうなら。」

なんとも井川らしい、答えだった。

最近では、谷中の顔色を見て話をしている。

一度に大金を用意できないのは、そこまで致命的ではないが、株式会社ニュートンスクエアからの送金が停まれば、目も当てられない。

弘一朗はこの銀行融資を受けることにした。

今回の融資で、銀行のチェックが厳しくなることは、想像できる。

簡単ではないだろう。

しかし、根本的に株式会社ニュートンスクエアが廻ってさえいればそのうち何とかなる。

この融資により、おそらく株式会社ニュートンスクエアは少なくとも半年から一年は追加融資は困難だろう。

この、焦りが、弘一朗を更に間違った方向へと導いた。

 

弘一朗の手元現金はもう、数百万円くらいしかなかった。いくらあるのか正確に把握するのが嫌だと思う程だ。

会社の運転資金が尽きる前に自身の資産がゼロになる恐怖が突然襲ってきた。

 

弘一朗は福岡市天神にあるBARを購入した。

誰にも相談しなかった。妻にも、鏡にも、当然純二と悟にも。

そして貯金は0円になった。

 

人は現金がなくなると現金が欲しくなるのだ。

BARで売り上がる日銭が、なんともうれしかった。

小さな店ではあったが、週末などは10万円くらいの現金が手元に来た。

弘一朗のささやかな幸せだった。

 

一方で、井川純二は依然、身を粉にして働いていた。

しかし、結果が付いてこない。

この頃になると、谷中は、井川の給与まで株式会社ニュートンスクエアでは出せないと言ってきた。

とても納得できる話では無かったのだが、その事実を聞いた純二は

「仕方ないです。こっちで頑張るんで、社長。いくらか出してください。」

と、もうさじを投げたように見えた。

それでも、株式会社ニュートンスクエアからは毎月200万円超の支援を取り付けていた。それも、いつまで続くかわからない。

 

弘一朗はBARの売上金で生活している。

日銭を使い込み、毎月末の支払が滞ることが当たり前となっていた。

家賃、酒代を三か月滞納したところで、BARを閉店した。

 

そしてその頃、光太郎が今回の責任を取って、自殺したのではないかという噂が流れた。

光太郎が失踪して、二か月ほど経過していた。

光太郎が仮に自殺していると仮定して、弘一朗は考えていた。

父親の最後の置き土産ともいえるこの事業を、最後まで、成功するまでやり抜くか、光太郎が居なくなったことを口実として、撤退するか。

 

撤退することを決めた。

 

谷中には話さなかった。

月200万円の貸付金が停まるのが怖かったからだ。

弘一朗は久しぶりとなる二人きりの飯に、純二を誘った。

安い近所の居酒屋だった。

(事業撤退の話をしないといけない。)重苦しい雰囲気になると臨んだ弘一朗だったが、予想に反して、とても楽しい夜となった。

 

『撤退する。頑張ってくれたのに、申し訳ない。』

「こっちこそ、こんな俺を信頼して現場任せてくれたのに、軌道に乗せることができず、すいませんでした。それにしても、社長頑張りましたね。」

神妙に首を垂れた弘一朗に、純二は謝罪とねぎらいの言葉を返した。

 

純二「俺、今日は浴びるほど飲んでいいですか?」

 

弘一朗『飲んだらいいよ。俺も飲もうかな今日は。』弘一朗は久しぶりに飲みたくなった。

二人で、今回の事業を振り返っていた。

ああでもない、こうでもないと。一しきり話すと随分と楽になった。

 

これも純二と飲んでいるせいだろう。谷中とではこんな雰囲気はつくれない。

弘一朗はそう感じていた。そして不意に言った。

 

『あんたは株式会社ニュートンスクエアに戻り。谷中には俺が話しておくから。』

 

どうしても、純二の居場所だけは作ってあげたいと心底思っていた。

 

「社長はどうするんですか?」

 

『俺に戻る場所はないよ。』

何故だかわからない。わからないが、純二の何気ない問いに、心から出た本音だった。

酒も進み、二人が昔話を始めたころになって、

 

『敬語辞めたら?』弘一朗の言葉に

「じゃあ、今日だけ。」純二が笑顔で返した。

 

そのあとは何を語りあったのかわからないくらい思い出話に花を咲かせた。

 

とても、とても、楽しい夜だった。

 

明くる日、酒の酔いも覚めやらぬまま、弘一朗は、谷中に電話を入れた。

『いろいろと話がある。事務所居るかい?』

「今日は忙しい。夜なら時間取れるけど、飯でもいくね?」

『ああ、行こう。』

弘一朗は昨夜と同じ店に行くことにした。

 

「どうしたと?いろいろってなに?」大して深刻そうでない顔をして、谷中が切出した。

『いろいろはいろいろたい。先ず、少額短期保険の事業は、今月で止める。株式会社福岡システムはそのまま残すけど、井川をそっちで面倒見てほしい。』

 

段階的に事業縮小して、株式会社ニュートンスクエアからの毎月200万円を、少しでも長い期間頂戴したいところであったが、そんなことよりも純二の身の安定を想う気持ちが優先した。

だが、そんな弘一朗の思いをかき消す答えが返ってきた。

 

「井川純二は無理ばい。あんたの給料くらいなら払っていけるけどね。」

 

弘一朗は一瞬にして、キレた。そこから一気に捲し立てた。

 

『お前、なんか考え違いしとるな。社長にでもなったつもりか。お前がこの会社でなにをしたんか?お前になにが出来るんか?いつ入社して来たんか?ここまでの会社にしたのはだれか?調子に乗るなよ。』

感情的になると地元の言葉が出てしまう。

 

対照的に、谷中は静かに、それはもう本当に冷静に返した。

 

「社長になったつもりなんてない。けど、あんたたちが好き勝手自分の好きなことしよる間も、俺は株式会社ニュートンスクエアを守ってきたつもりばい。まだ入社して二年もならんかもしれんけど、入社の時期は関係ないやろ?ここまで会社を支えてきたのは、それはあんたも頑張ってきたんやろうけど、あんただけじゃなかろうもん。従業員みんなばい。

鏡さんの功績も大きいやろう。」

 

谷中の言葉は、当然のことばかりだ。

弘一朗の言葉は、自分一人が株式会社ニュートンスクエアを大きくしたと言わんばかりで、この席にもし第三者がいたならば、咎められても仕方のない発言だ。

でも、今の弘一朗には届かない。

届いていたとしても、そのように客観的に見ることなど出来ない。弘一朗には。

 

『じゃぁ、その鏡とお前で仕事が進んで行くんか?』

未だ興奮が収まらない弘一朗だったが、谷中の返答を聞いて血の気が引いた。

 

「鏡さん、転勤になるみたいよ。まだ本人は聞かされてないみたいだけど。あと、」

 

谷中はまだ何かを言いかけていたが、弘一朗はたまらず、割って入った。

『なんで、誰に聞いた。俺は聞いてないぞ。』

「田中室長。俺最近仲良いんよ、あの人と。あとね、あんたにはもういわんどこうと思いよったんやけど、」

株式会社イーロン第二室長田中かぁ、確かに谷中とは馬が合いそうだ。そう思っていた時、

「常務にさぁ、あんたのお父さんね。お金渡し取るんよ?500万円。それ知らんかったろう?」

 

知らなかった。あの野郎。俺の同級生から金を巻き上げていた。正確には会社の金であろうがそんなことはどうでもいい。

知らなかった、どうしたらいい、言葉が出てこない・・・・。

 

「まぁ、それが返ってこんでもうちは大丈夫やけどね。それより、あんた、他の従業員どうすると?」

谷中の終始冷静な態度と、もう恥ずかしいのか、情けないのか、とにかくその勢いを失った弘一朗は静かに答えた。

『それは大丈夫。うちの現場見に来ていたリッツ保険代理店さんが、今の催事説明会のノウハウセットだったら、従業員を欲しいって言ってきてる。

それ以外は派遣を使ってたから問題ない。催事場とかの取引先もリッツさんが継続してくれたらトラブルにはならない。』

「そうね。けど勿体なかったねぇ、もう少しどうかなったら、上手くいったかも知れんかったのに。」

そう、本音かどうかわからない言葉をくれた谷中に対して、

『そうかもな。・・・・・・・谷中、悪かったな。』

それが精一杯だった。

 

実際この数年後には、葬儀を対象とした少額短期保険商品を複数の保険会社が取り扱いを始め、特定疾患対象保険同様に、テレビCM等により広く認知されることとなる。

 

谷中との打ち合わせで、今後の展開に答えが出せなかった弘一朗は、純二と今後の事について、話し合いの時間を多くとった。

その中で純二から意外な提案があった。

知り合いの会社が東京で成功している事業がある。それを福岡でやってみませんか?という事だった。

井川純二の交流関係は広かった。それは弘一朗の何倍もである。

 

井川が、株式会社ニュートンスクエアに戻れる状況ではないことを憂慮していた弘一朗は、純二の提案に頭を悩ませていた。

大きな資金がいる。

今の状態で、資金を集めて、それを形に出来るのか。

一か八かの最後の博打に出るタイミングはいつか、今なのか。

自分だけが、株式会社ニュートンスクエアに戻るという選択肢を選ぶわけにはいかない。

急がないと時間だけが過ぎていく。

どうすればいい。どうすれば。焦りだけが弘一朗を支配していた。

 

資金調達を考えていた弘一朗だったが、やはり、株式会社ニュートンスクエアなしでは前に進まない。

けれど今までと同じように資金の融通をお願いしたところで谷中はイエスとは言うまい。

“あんた達が好き勝手自分の好きなことしてる”そう言った谷中の言葉は、今は理解できる。

 

自分の資産を売却して、その姿勢を見せて、足りないところの支援を願い出よう。

 

話がある、座ってくれ。そう言って妻を座らせ、テーブルに着いた弘一朗は

『このマンションを売って事業資金に充てたい、後、車も売ろうと思ってる。それから本当に申し訳ないんだが、貯金があったら貸してほしい。』

神妙な面持ちの弘一朗に対して、妻は楽しそうに言った。

「やったぁ。どこに引っ越ししようかな?平尾がいいかな、大手門がいいかな?」

お前、状況分かってるのか、と聞く弘一朗だったが、

 

「3LDKは広すぎる。1LDKがいいな。掃除も楽だし。あとあの車すごくダサいと思ってたから。小さい可愛い車がいい。弘ちゃんにはそっちの方が似合ってる。あと貯金は、ごめん。殆ど貯めてなかった。300万円くらいしかない、持っていき。

元々、弘ちゃんが幾ら持ってたとか知らなかったからね。しばらく、貧乏暮らししようよ。久々外で働こうかなぁ。あとね、少しいいことあるかもよ。」

実に明るく振舞った。

振舞っていたというより、本当に楽しそうにしていたのが印象的だった。

 

純二が提案してきた事業は均一ショップだった。

100円ショップはどこにであったが、当時はまだ300円ショップも疎らな頃だ。

そこで、1,000円、3,000円の品揃えで展開しようという。

畑違いの仕事であったが、純二の情熱と、株式会社ニュートンスクエアには戻れないとの思いから、前へ、前へと突き進んだ。

店舗契約の敷金から工事代金。商品仕入代金と宣伝広告費、最低でも3,500万円程度は必要だった。

物件選定から、マーケティング、既存商品の仕入先開拓から、オリジナル商品の開発と、寝る間を惜しんで没頭した。

そうした中、福岡市の中心地、大名に丁度いい物件が出た。

月々の賃料は70万円と高額だったが、契約することにした。

もう後戻りはできないと自分たちに言い聞かせているようでもあった。

 

物件契約したことで運気が開けてきたのか、売りに出していたマンションが売れた。

弘一朗の車は、それよりもずっと前にお金に変わっていた。

後輩に市場よりも高値で買って貰った。これに嫁からの貯金を合わせると、3,000万円を超えた。

弘一朗の妻が言っていた良いこととはお金だった。

 

「ごめんね。もっと大丈夫と思ったんだけど、実家も丁度、リニューアルとかでタイミング悪いみたいで。」そういって1,000万円を差し出した。

彼女の実家は、北陸では名の知れた老舗の和菓子屋を経営している。

有り難かった。夫としては本当に情けないことだが、そうも、言っていられない。

開店資金がすべて揃ったところで谷中に打ち明けた。

開店資金が準備できてもそれがゴールではなくスタートに過ぎない。

運転資金の確保は絶対条件だ。

 

『話があるんだけど、』こう切り出した、弘一朗に、

「俺もあんたに電話しようと思っとった。悪い話ばい。」

『どうした?これ以上悪いことなんてないだろう。』

今、なにか想定外の事が起きれば、対応しきれない。弘一朗の鼓動は一気に早まった。

 

「さっき、田中室長から連絡が来た。たぶんあんたにも、連絡あるよ。鏡さんからだと思うけど。」

『なにがあった?』

「関係会社貸付金と、使途不明金について確認したいって。金額があまりにも多くて、本社で問題になったらしい。あんた鏡さんにはどこまで話ししとったと?」

『いや、ほとんどしてない。でも、なんでそこに気付いたんやろうか?あと使途不明金って?』

鏡が報告しない限り株式会社イーロンが知るすべは無いはず、その鏡も、ほとんど把握していないはずだ。

谷中はすぐに回答してきた。

「決算書。今年から決算書の開示を半ば、強制的に言われとるんよ。うちだけやないばい。株式会社イーロンも社内体制が厳しくなってきたみたいよ。

あと、関係会社貸付金があまりにも大きいけんさ、使途不明金として分けて、計上してる部分がかなりあるけん。そこは、役員返済した分の仕分けミスとか、もし、それが問題なら役員返済した現金は手元にあるから、一度会社に戻しましょうかとか、財務に問題はないって感じで切り抜けるしかないやろう。」

株式会社ニュートンスクエアの事はもう、全く把握できていない、全て谷中に任せてある。

実際に振込で処理した関係会社貸付金以外にも、急な借り入れで、事務所保管の現金を借りたことも、何度あったか覚えていない程だ。

株式会社ニュートンスクエアの決算書を確認して株式会社福岡システムの帳尻を合わせようと考えていたくらいだ。

ここは谷中のアドバイスに従おう。それ以外にない。ただ、一つ気にかかることがあった。

『分かった。だけど、本当に使途不明金を会社に戻すように言われたらどうする?』

そのような大金は谷中も、純二も、もちろん弘一朗にも準備できない。

「もしそうなっても直ちに。ってことは無いやろうし、次回の決算書で確認するくらいの感じだと思うよ。」そう言ったあと、こう付け加えた。

 

「大丈夫よ。株式会社ニュートンスクエアは、切りきらんよ。関係会社貸付金の事は、俺はよくわからんけど・・・・。」

 

弘一朗は、谷中の落ち着き払ったその対応に、自分よりも数段に経営者っぽくなったもんだと感心に似た複雑な感情を想うと同時に、関係会社貸付金の問題はやはり、出たとこ勝負しかないと考えていた。

 

谷中との電話を切って一時間程経った頃だった。

「俺もお前もやばいことになりそうだ。庇いきれないかもしれない。なにに、そんなお金廻したんだ。」

弘一朗の携帯電話に鏡から連絡が入った。

鏡はひどく動揺していたが、そんな鏡の様子が逆に弘一朗を落ち着かせた。

 

少額短期保険事業が失敗し、新しい事業へ踏み出そうとしていることを伝えた。

終わったことは仕方ない。何とか乗り切れるようにしっかり対策を練ろうと言ってくれた。

 

今、躓くことは終わりを意味する。

どうせ、株式会社ニュートンスクエアには戻れないんだ。

強気に出ないと、弱みを見せたら終わりなんだ。

今回は谷中のアドバイスに従っていれば、何とかなるはずだ。

今迄と変わらず、真正面から乗り切ると息巻く弘一朗だったが、綿密に対応を協議して、時間をかけて対処しようとする鏡の意を汲み、翌週の面談日までの間、何度も密会を重ねた。

しかし、何故だか弘一朗は気持ちが入らず、結局そのまま時間切れとなった。

 

弘一朗は、谷中に株式会社ニュートンスクエアの舵取りを任せてからも、鏡との距離を意図的に近づけないようにしていた。

自分自身の影響力を保持したいがためだった。

少額短期保険事業を軌道に乗せることが出来ず、鏡に本当のことを話していなかった。

自分の保身など考えずに、谷中と鏡の関係を取り持っていたなら、見栄を張らず、鏡に打ち明けていたなら、こんな後手に回って、苦しい面談に臨むことは無かっただろう。

 

株式会社イーロン支社長面談での焦点は、やはり使途不明金と関係会社貸付金の件だった。

 

使途不明金についての質問には、谷中のアドバイスをそのまま説明した。

途中、田中室長からの横槍があったものの、支社長の近藤はあっさりと理解を見せた。

しかし、話が関係会社貸付金に及んだ際には、様子は違っていた。

支社長の近藤は、関係会社が誰の会社なのか?お金は返せるのか?という二点だけを気にしているように思えた。

近藤の自信に満ちた態度を前に、弘一朗は無駄な抵抗を辞めた。

いや、正しくは、ここまでの苦労が一気に頭の中を駆け巡り、あれこれと対策を講じたり、謝罪の姿勢を見せる事が、ほとほと嫌になったのだ。

 

『よくわかりました。支社長のお考えは決まっているようだ。関係会社は株式会社福岡システム。代表取締役は私です。株式会社ニュートンスクエアとの役員兼務は私以外ありません。

資本関係もありません。全くの別会社への貸付となります。貸付残高五千万円の返済期日を決められる状態にもありません。しかも、ニュートンスクエアからの貸付がなければ、今月末にも資金ショートしてしまいます。』

弘一朗は半ば降参しましたと言わんばかりに回答した。

 

しかし、ここまで白状しても尚、近藤は弘一朗を追い込んだ。

 

今日の事を本社へ報告し、対応を協議すること、さらに今後の関係会社貸付金は認めないとし、協議次第では、株式会社ニュートンスクエアとの取引は白紙になる恐れがあると通告してきた。

降伏したにも拘らず、悦に入る近藤を前に、弘一朗は決めた。

もうどうやってもひっくり返せない。俺の負けだ。

ただ、引き分けくらいまでは持ち込んで一泡吹かせてやろう。

こいつら、気に食わない。

こいつらだけじゃない、他の人にも迷惑が掛かるかもしれないが、関係者すべて自業自得だ。

そう、俺だって。

考えが決まった弘一朗は、

一つ、関係会社貸付金は今後二度と行わない。

二つ、貸付金の返済計画を提出の上、履行する。

三つ、私が責任を取って代表取締役を辞任する。

 

三つの条件を掲げた上で、鏡と、井川純二を退席させて、近藤と田中に迫った。

 

『近藤さん、今からお話しするのは、五年程前、御社との契約を前提とした支店長面談での話です。参加者は、私と、当時第二営業副室長だった田中さん、第二営業室長の三上さん、そして支店長の前田さんです。まあ、三上さんは退社され、前田さんは東京に転勤していて、ここにいるのは田中さんだけですが。

当時私は業界一位の会社にいた。あなた方の会社は今でこそ、業界首位だが、当時は、まだ一商社の子会社だった。

予算も少なく、商品供給にも劣っていた。その結果他社との代理店獲得争いにも後手に回り、とくに、田中さんの管轄する第二営業部はその中でも最も苦戦していた。

覚えておられますよね?仮に覚えていなくてもいい。当時の数字を見ればわかることだ。

支店長や田中さんもそうだが、転職組の多い御社の社内においては、どのようにして数字を作り出すのか悩んでおられた。当時私がいた会社が何故そんなに数字を挙げられるのかと。

そこで、取引しないかという事になった。

御社は、数字を挙げる力こそ無かったが、さすが商社の関連会社だと思えるほどに、ショップの権利を持っていた。

私は数字を挙げる手段を提供する。

そこまでなら良かったが、直近の数字に追われていたあなたたちは契約者リストを買うと持ち掛けてきた。すでに契約している顧客に再アプローチして好条件で契約をやり直すと。

それだけでもかなりグレーだが、さらには、新参者の株式会社ニュートンスクエアがいきなり新規のショップを手にすれば、方々から意見が出る。

そこで御社は、以前から付き合いがある代理店の中から成績不振を理由にショップを取り上げ、うちにその権利を譲った。一つや二つじゃない。

株式会社ニュートンスクエアの設立直後からの急速な成長はそれが要因だ。

御社もそれにより、代理店を競合させることの実績を作って行った。

あたかもウィンウィンのように思えるが、御社からショップを剥奪されたオーナーが自殺する事件が起きた。支社長はご存知ですか?東京にいらしたなら知らなくとも無理はない。

その件に関して御社に不正な事実は無かったとする為の会議が幾度となく行われた。密室で。

時系列の修正、言わば、うちとの取引開始時期の偽造や、基本条件契約書の捏造だ。

その時の録音は全てここにある。

 

もう、これ以上は、いいでしょう。御社も大きくなりすぎて、うちの関係会社貸付金の件などは、本社の知る処となってしまっている今、何らかの処置は必要でしょう。

私が辞めることで水に流してください。あと、取引条件も今まで通りという事にして下さい。私もこれ以上はなにもいう事はありません。』

 

弘一朗が株式会社ニュートンスクエアの設立時、顧問として携わっていた理由はそこだ。

もしもの時に、原田弘一朗はあくまで、外部の人間だと言い逃れできるように、していたのだ。

 

 

すべての話を聞き終えたとき、田中は硬直し、近藤は田中を詰問するだけだった。

近藤は、その場で株式会社ニュートンスクエアとの取引継続と、井川純二の代表取締役継続

の二つを、約束した。そして、弘一朗に言った。

 

「引き分けですな。」

純二との帰りの車中は、とても重苦しかった。

 

引き分けかぁ。

どうかな、俺の完敗だな。

もっとお金以外の部分で要求できることは無かったか。

ふと、心の声が漏れた。

 

『俺はもう駄目かもしれない。』

 

それに対して、純二が反応することはなかった。

 

 

何日ぶりだろう。こんなにゆっくり寝たのは。

弘一朗は安田優里奈の部屋にいた。

新規事業の準備で忙しく、全くと言っていい程、会っていなかった。

その間、何度も連絡が来たが、弘一朗は受合わなかった。

『事業に失敗して、一時はもう駄目ってとこまで来たんだ。家も車も売って、最後の勝負に出ようとしてる。今迄とは状況が変わったんだ。』

「なんにも変わってない。弘ちゃんは今までと変わらず奥さんと一緒に居る。今回の危機も一緒に乗り越えようとしてる。なんにも変わってないよ。弘ちゃんにお金頂戴って言ったことある?ごはん行くお金がないなら私が全部出す。私はあなたが無職でもなんでも構わない。」

何度、何度となく、弘一朗が別れを切り出しても、一向に話は進まない。

 

安田優里奈は誰が見てもいい女だった。

 

お店でも、彼女目当てのお客さんは一番多い。

しかも、高級店だ。お客は勿論全員では無いが、金持ちばかりだ。

名前を聞けば、誰でも知っているような会社社長なども彼女にお熱になっていた。

弘一朗が独身ならばいざ知らず、何故こんな貧乏人にしがみ付く必要があるのか?

彼が安田優里奈を引き留めたことなど只の一度もない。弘一朗は全く理解できなかった。

帰り際、安田優里奈は言った。

 

「お金が必要なら言って。出来るだけのことはするから。私、奥さんよりも絶対力になれるからね。」

 

構想から僅か一月あまりで、お店は無事にオープンした。

開店の日には、谷中も鏡も駆け付けた。

弘一朗の妻も様子を見にやってきた。安田優里奈の姿は当然、無かった。

 

株式会社イーロンの面談以降鏡、ゆっくりと鏡に会うのは久しぶりだった。

鏡に詫びた。

『鏡さん、お金の件本当に申し訳ありませんでした。必ずお返しします。

あと、この間の支社長との話しなんですが、』

そこまで、言ったところで鏡が口を開いた。

「その話はいいよ。知りたい気もするが、聞かない方が良さそうだ。だって、なんか怖いもん。保険事業の件は残念だったね。たまには失敗もあるさ。この事業は何としても成功させないとな。がんばれよ。」

「あと、転勤することになった。東北支店だ。」

 

鏡に対して、初めて見せる悲痛の表情を浮かべ、申し訳なさそうに伝えた弘一朗の胸の内を汲み取ってくれたかどうかは分からないが、先の事業での1,000万円に関して鏡は、返してくれとは言わなかったばかりか、一言も触れることなく、笑顔を見せた。

 

弘一朗は、井川純二と株式会社ニュートンスクエアは守れたが、鏡は守れなかった。

“すいません鏡さん”心で何度も詫びた。

 

弘一朗の新規事業は初めこそ祝儀代わりの売上で繁盛したものの、すぐに売上は落ちて行った。

しかし、情報番組に取り上げられたことで、ある商品が爆発的に売れるようになった。

 

純二が、寝る間も惜しんで開発したオリジナル商品。

 

3,000円で販売していたテレビボードだ。

 

福岡県大川市。

言わずと知れた家具の名産地だ。

ここで、無垢の一枚板を使用したテレビボード。

ダークブラウンとチェリーブラウンの二色。

足に鉄を付けたタイプと、木製の選べる4タイプだ。

純二に深いパイプがあったのだろう、とても3,000円には見えなかった。

テレビリポーターは大げさに2万円でも安い。と言っていたが、実際購入した客からも

信じられないという声が相次いだ。

 

その声を裏付けるように、それはもうすごい勢いで、予約の電話が鳴りやまず、その商品目当てに毎日300人以上の客が押し寄せた。

客が客を呼び、他の商品もどんどん売れて行った。

 

毎日100万円前後の現金が入ってくる。

お金に詰まっているときの現金程有り難いものはない。

弘一朗には苦い失敗がある。

BARの売上金を使い込んでしまい、店を潰した後悔を忘れてはいない。

弘一朗は純二に伝えた。

 

『現金の管理、会社の仕入と支払は全部任せた。通帳を渡しておくよ。』

 

現場を純二に任せた弘一朗に、またも悪い癖が出た。

 

僅か半年も経たないうちに、4店舗まで拡大させた。国産高級車も購入した。

しかし、なぜ急激な拡大が可能になったのか?

初めてのお店“大名店”は路面のビルだった為、設備投資に随分費用が膨らんだ。

次からの店舗は、商業施設ということもあり、店舗内装費や、敷金が半分から三分の一程度まで抑えられた。

しかも、大名店の繁盛ぶりを見た商業施設担当者からのお誘いとあってとんとん拍子に話が決まって行ったのだ。

それだけではない、この事業を開始するにあたっては、人様からお金を出して貰っている。

鏡への借りもある。

自分自身売れるものはすべて手放し、さらに戻るべき場所もない。

走り続けるしかないのだ。

 

店舗の勢いそのままに、弘一朗も息を吹き返したかに思えた。

また、井川にしても、自身の功績は大きい。

谷中も弘一朗に資金を援助する必要がなく。機嫌がいい。

 

本当に久しぶりになったが、三人で食事に行くことになった。

楽しい食事になると思っていたが、三人揃うとそうはならないようだ。

 

谷中が不意に警笛を鳴らした。

「ちょっと急すぎるんやないと?テレビボードが飽きられたら大変やろうもん。」

谷中悟のあるままの心配も、今の弘一朗には小言にしか聞こえていないらしい。

自分が一番なんだと言わんばかりに、突き返した。

 

『関係ないだろ。あんたのとこから金借りてないし。自分のとこ心配しとき。』

谷中悟はなにも答えなかった。

またこの時、井川純二は殆ど発言しなかった。

今となって思えば、この時ならまだ、なんとか後戻り出来たのかもしれない。

井川純二が、本当の勇気を持っていたなら。

谷中悟が、本当のパートナーとして、二人を信じることが出来たなら。

原田弘一朗の記憶が、塗り替えられた闇を照らしてくれてさえいれば。

 

谷中の心配をよそに、テレビボードの注文は勢いを増すばかりだった。

個人の客だけには留まらず、法人からの大量注文に、店舗スタッフにも混乱が広がっていた。今現在の商品引き渡しは、注文から半年以上をアナウンスするまでになった。さすがにここまでになると、何も対策を取らない訳にはいかない。

弘一朗は、発注工場を増やすことを提案してみたのだが、純二の回答はNOだった。

 

「この単価でやってくれるところは他にありません。」

 

試しに三社ほどに見積もりを依頼したのだが、最安値で4,900円、最高値では6,800円との回答だった。全く同じ仕様であるにも拘らずだ。

3,000円で販売しているこの商品の原価は2,400円だった。

利益率は低いが、この商品がきっかけとなり、他の付随する花瓶、照明、キャンドル、造花などがよく売れていた。

弘一朗は、純二の努力に感服し、協力工場への感謝の念は深まるばかりだった。

 

それでも、これ以上の注文を受け付けるのは無理だと判断し、発売一時中止とした。

目玉となる商品の販売中止にともなって、新規の出店作業も一時中断となったことで、弘一朗は、現場力の向上と、急拡大によって生じた様々な課題に取り組もうとしていた。

直ちに行うは、受注済テレビボードの円滑な提供だ。

実際、少なくない数のクレームも弘一朗の耳まで届いていた。

その中身としては、軽いと言っては失礼になるが、不良品の代替品も半年以上経たないとお渡しできないという事がほとんどであった。

直接、弘一朗が謝罪に訪問したことも一度や二度ではない。

運送会社に依頼すると集荷の問題で中一日無駄にしてしまうとして、純二が社用のバンに商品を詰め込み、自ら配送して回るといったことも行っていた。

そんな最中、全ての努力を台無しにする事件が発覚した。

もはや事件というより、裏切りであり詐欺行為だといっても過言では無かった。

 

その事件の当事者はまたも井川純二であった。

 

目玉商品であるテレビボードの発注単価が実は2,400円ではなく、4,300円だったのだ。

何故発覚したかは単純で、純二不在の際に、発注業者からの電話を弘一朗が受けたことだった。弘一朗が電話を受けたというより、社長さんと話がしたいと、発注業者が連絡してきたのだった。

「滞っている支払いをいつになったらしてくれるのか?」と激しく詰問されたのだ。

電話口では細かな詳細が分からず、折り返し返答するようにした弘一朗だったが、真相が掴めず混乱していた。

ここで不思議なのは何故発覚がこんなに遅れたのかだ。

弘一朗の怠慢。管理不行届きは言い逃れようのない事実だ。しかしながら、

工場への支払いサイトは60日、製品納入済分のみ請求が上がる。との説明を受けていた。

純二からは、それでも、数量が多すぎて工場も原材料の調達資金が楽ではないので、一部先入金していますとの追加報告も受けていた。

よって、工場から感謝されることはあっても、詰問を受けるとは。

 

≪純二だ。あいつ頭でもおかしくなったのか……≫

 

電話口で純二が震えているのが分かった。

「ごめんなさい。自分で何とかしようと思ったんだ。すべて。信じてもらえないかもしれないけど……。」

この言葉を聞くだけで、20分以上の時間を使った。あとはずっと無言だ。

あいつ、敬語ではなくなったな。それほど追い詰められているか。

それとも、わざと敬語で気持ちよくさせてやろうくらいのことを、思ってやっていたのか。

店舗に呼び出し、他の従業員のいる前で、俯き、正座の井川純二を激しく罵倒した。

そこにはもう同級生たるものはなにも無かった。

 

途中でもう、弘一朗は気が付いた。

こんなことしても意味がない。こいつを追い詰めて金が出るならいくらでもしてやる。

暫くは人が変わったように一心不乱に頑張っていたが、こいつは今まで何度、人の思いを裏

切ってきた?時間の無駄だ。

 

『一緒に解決しよう。任せっきりにして悪かったな。』

 

弘一朗は酷く疲れていた。そればかりではない、株式会社福岡システム代表取取締役として、取引先に責任を果たさなければならない。

いま、原田光太郎のように、失踪されては元も子もない。

とにかく今は、このトラブルの責任を取らせることが大事だと判断した。

もはや、理由などはどうでもよかったが、純二は必死に弁解した。

 

自分自身も原価2,400円だと思っていたと。

請求書を確認しいると、実際、初月の請求書は単価2,400円となっていた。

しかし突然取引先から単価4,300円の請求書が届いて、慌てた井川は工場に連絡を取った。

すると、先方の社長は、オープンの協賛で1,000台だけ、協力しただけだと言い放ったらしい。お互い契約書の作成をしておらず、話は平行線のまま時間だけが経過していったのだと。

催促が来る毎、純二が帳尻合わせの入金を行っていたことも分かった。

そうこうして居るうちにも、テレビボードは、爆発的に売れ続け、引き返せなくなった。

日々の業務も異常な忙しさで、いつかバレてしまうと怯えながら毎日過ごしていたそうだ。

ことの真相がわかったとは言え、とても純二を許す気などになれなかったのだが、とにかく今は支払い原資を集めることが最優先だ。

ただでさえ、到着が遅い、不良品だとクレームが出ている。

このまま商品をお渡しできないとなると、お店の信用はガタ落ちになって会社が潰れる様は目に見えている。

弘一朗も何度も掛け合って見たが、取引工場は支払いが完了するまで生産はしないとの一点張りであった。

 

この騒動における損失合計は3,600万円を超えた。

 

4店舗も開設していたため、会社には全くと言っていいほどお金は無かった。

急がなければ。店舗へのクレームのや問い合わせの電話はひっきりなしに鳴っていて、その焦りを加速させた。弘一朗は純二にキャッシングを指示した。

当然自らも、銀行のクイックローンから消費者金融、クレジットカードのキャッシング枠目一杯引き出しそれでも足りず、妻にまでキャッシングと実家の支援をお願いした。

二日で集まったお金は弘一朗の妻450万円、純二230万円、弘一朗550万円であった。

掻き集めたお金を、工場に支払したのだが、全額でなければ製造はしないと突き放された。

店舗の売上現金を廻すことも考えられたのだが、商業施設に入っている店舗では売上の一括管理をされている為、日々の現金は持ち出せず、それが可能な店舗も、テレビボードの発売停止により、驚くほど売上を落としていた。

 

もう誰かに借りるしかない。

鏡にも、谷中にもお願いは出来ない。

もう、一人しかいない。

『すまないが、助けてほしい。』力ない声の弘一朗を聞いて、心配気ではあったが、「どうしたの?なんでもいって。」やさしい声が返ってきた。

 

安田優里奈である。

 

『金が足りない。おそらく一時的なものだから心配しなくていいが、ここを乗り越えないと先が見えない。』

「わかったよ、幾らあればいいの?」

『かなり足りてない。幾らでもいいから出来るだけ何とかしてほしい。』

「金額言って。その方が安心できるから。」

『言えない。多すぎて引くよ。』

「私の為だと思って言ってほしい、お願い。」

『2,000万円以上足りない。』

「わかった。二日頂戴。連絡するね。がんばろうね。弘ちゃん。」

 

次の朝、優里奈から電話があった。

 

「弘ちゃん。用意できたよ。よかったね。元気出してね。」

 

信じられなかった。

 

「これで乗り越えたらご飯行ったり、旅行も行こうよ。」

 

優里奈は笑顔で、紙袋に入った2,000万円を差し出した。

当然ながら、借用書は書かなかった。

困難な状況を笑顔で乗り切ろうと励ましてくれる妻が、借金までして450万円を用意してくれた。

自分は毎日寂しいと泣きながら、あなたならきっと成功する、ずっと応援すると言って愛人が2,000万円もの大金を差し出してくれた。

自身も借金まみれになってお金を準備して、滞留未払いを終らせ、テレビボードのトラブルを解決させた。

 

しかし、ヒット商品を失った店舗は軒並み売上を落としていった。

 

自分の給与、純二の給与はすぐに払えなくなった。

少しでも人件費を抑えようと、妻にも会社で、働いてもらった。

しかし、そんなことでは事態は好転せず、その他の支払いも次第に滞り始め、新たな借金をしなければ、会社は運営していけないところまで、来ていた。

つい、数か月前に大金を準備したばかりというのに。

 

その頃には、毎月の支払いをどう乗り切るか、だけを考えて過ごしていた。

会い人、会う人に、お金の相談をした。

100万円程のお願いだった為か、原田さんならとお金を出してくれる人ばかりだった。

借金を借金で返す日々だったが、それも出来なくなってきた。

 

もう限界だった。

 

優里奈からはあれ以降も、何度もお金を用意して貰っていた。

弘一朗は、もはや当たり前になっていて、心苦しささえ感じなかった。

 

自身のマンションの家賃も光熱費すら払えず、彼女の毎月の給与は、弘一朗の妻の生活費として消えて行った。

 

いい加減そのような現実に疲れ果てた弘一朗は、店舗を売却して借金の返済に充てようと売却先を探し始めた。

 

もう、なにも残らなくてもいい。

借金さえ返すことが出来るなら、毎月こんな思いしなくて済むのならば。

 

売却先を決めてまとまった大金を手にするまでは、倒れる訳にはいかない。

しかし、明日も、5日後も、その数日後にも、借入金を返済しなければいけない。

日々迫り来る返済の重圧に悩んでいた。

そんな時だった。

知人の紹介で、3,000万円用立ててくれるという有り難い話が舞い込んできた。

もちろん、法外な利息が要求されたが、これで身内と、安田優里奈以外の借金は全部払える。

しかも、一括弁済まで3ケ月もある。

4店舗まとめて売却できれば3,000万円どころかその倍以上も可能だ。

 

弘一朗は借用書に判子をついた。

 

破滅の二文字が現実のものとなって、すぐそこまで迫っている。

 

1章:ひかり
2章:友情
3章:変化
4章:親子の関係
5章:勝負
6章:破滅
7章:悟の狙い
8章:父の想い
9章:純二の視点
10章:回想
最終章:闇の真実


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