最終章:闇の真実(小説「悔恨」)

福岡小説小説:悔恨
2015年10月26日 月曜日

眩しい。

さっきまでの暗闇が嘘のようだ。

体が重い、動かない。

背中が痛い。両足の感覚が無い。

喉が渇く。

声が出ない。

瞼が開かない。

どうしたんだいったい。

少しの間眠っていた?

ここは、どこなんだ。

 

なんだかとても怖い、怖いよ。

 

「はらちゃん!」純二の叫び声が聞こえたと同時に、目の前を真っ白な眩いひかりが走り抜け、そのあとにはゆっくり妖艶なひかりに包まれているような、空中を漂っているような・・

ただ、彷徨っているような、そんな感じだった。

最後に聞こえてきたのは井川純二の話声だった。

 

「はらちゃんが自殺している。」

純二は動揺していた。声が震えていた。と記憶している。

 

電話の相手は谷中悟だ。

「そうか。すぐに向かうから。警察に電話して、とにかく落ち着いて。」

 

谷中悟の落ち着いた声に、純二も順応していった。

 

純二はすぐに警察に電話を入れ、そして救急車を呼んだ。

「生存確認できますか?」そう聞かれた純二だったが、

「わかりません。すぐに来てください。」そう答えるのが精一杯だった。

 

そして、部屋を出て煙草に火を付けた。

右手が震えて、中々火が付かない。

弘一朗がいる部屋で煙草を吸う気にはなれなかった。

弘一朗に話しかけられそうで、怖くて、ただ怖くて、顔を見ることも出来なかった。

階段に腰を降ろし、二本目の煙草に火を付けた所で、救急車だか警察だか分からないサイレンの音に、はっと我に戻った。

徐に携帯電話を取り出し、弘一朗の妻に連絡を入れた。

弘一朗の妻は電話に出なかった。留守番電話に入れようか迷ったが、そうはしなかった。

あと、安田優里奈に連絡しようかと考えたが、止めた。

駆け付けた救急隊員を部屋に招き入れ、状況を説明しないといけないと考えていたが慌ただしく対処する救急隊員を呆然と眺めていた。

時間がスローモーションのようにゆっくりと、そして歪んでいるように感じていた。

ただ、弘一朗の顔だけは見ないようにしていた。

警察官もすぐに駆け付けた。

何を話したのか覚えていない。

警察官の到着から10分程で到着した谷中悟を見た途端に、力が抜けてその場に座りこんでいた。

 

事務所に差し込むひかりは無く、蛍光灯の人工的なあかりが、より現実を感じさせた。

 

その後の見解では、弘一朗の個人的な借金や、会社の状況などから、事件性は無いと判断されたようだ。

また、弘一朗の搬送先や、その後の応対の窓口は谷中悟が行うようにした。

 

時間を空けず、井川純二の携帯電話に弘一朗の妻から連絡が入った。

詳しいことは告げず、病院に運ばれたとだけ伝えた。

搬送先の病院などの詳細がつかめていなかったこともあり、一度事務所に来るという。

事務所には弘一朗の私物も多くある。

それらをまとめる間もなく、弘一朗の妻は事務所に遣ってきた。

 

井川純二は、話が出来る状態に無く、変わって谷中悟が接した。

弘一朗の妻は激しく動揺していた。

発見時の様子などを伝えた際には、声にならない声を上げ、涙を見せた。そして、酷く狼狽しているようだった。

その後廊下に出て二、三か所電話を掛けていた。

その間に、弘一朗の搬送先の病院が判明した。

部屋に戻ってきた弘一朗の妻に、そのことを伝えたのだが、その時にはもう冷静さを取り戻しているように見えた。

 

「本当に、いろいろとご迷惑お掛けしまして申し訳ありませんでした。今後のことはまた状況が分かり次第、お知らせいただきたいと思います。

伺った病院へ向かいますので、原田に取次をという方がいらっしゃいましたら、私の連絡先をお伝えいただけますか?会社のことは詳しく把握していませんが、切迫した状況だったことは間違いないと思います。

申し訳ないのですが、そちらの方は取りあえずお願いしてもいいでしょうか?」

「大丈夫です。何かあったら連絡させてもらいます。」と答えた谷中悟に対して、

 

「谷中さん。あの人はあなたを頼りにしていました。本当に最後までよろしくお願いします。」

 

弘一朗の妻は谷中悟にそう言い残し、事務所を後にした。

結局、井川純二とは話しをするどころか、一瞥することもなかった。

 

谷中悟は、腹が据わっているというかなんというか、弘一朗の奥さんはあの人じゃないと無理だったろうなと思うと同時に、弘一朗の会社の最後を、きちんと終わらせなければいけない。と強く思った。

 

実際の処、谷中悟が考えるよりも事態は深刻であり、早急に明日の対策を打つ必要があった。

 

依然として、井川純二は抜け殻のように座していた。

 

熱いコーヒーを入れて、純二の気分を和ませようとしたのだが、あいにく常備品が無かった。

近くのコンビ二エンスストアまで買いに出ようと思ったのだが、純二を一人にすることを不安に思い、無理矢理に連れて事務所を出た。

コンビニエンスストアでホットのブラックコーヒー二本を手に取り、レジへと向かった。それと純二の為にマイルドセブン一つを、注文した。

 

暗然とした二人とは対照的な、笑顔の店員に嫌気がさした。

真っ暗な空は、暗黒の未来を告げているようにも感じた。

そんな中、ふと明りに照らされた場所に目を向けた。

弘一朗の車が停まるコインパーキングだ。

 

弘一朗の車が目に留まったその時、谷中悟は静かに涙を落とした。

 

そして、井川純二の背中を強く撞いた。

 

その瞬間、純二は天を仰いだ。

 

それはまるで、漆黒の闇が純二のそれを拭い去るような、そんな不気味な空だった。

 

事務所に戻り、缶コーヒーを純二に手渡した。

何故だかわからなかったが、お互い黄色いソファーに座る気にはなれなかった。

二人並んで作業用のチェアーに座り、缶コーヒーの栓を開けた。

その湯気と共に立ち昇る、どこの豆だかわからない安っぽい香りを感じていた時、井川純二が切出した。

 

「俺のせいだ。俺がはらちゃんを裏切ったから。俺が、俺が騙したから。」

「騙したってどういうこと?話せる範囲でいいから教えてほしいんだけど。」

 

純二は、宗像とのやり取りを話した。そして、そのことを弘一朗に内緒にしていたこと、明日伝えようとしていたことを、最近の情勢を把握していなかった谷中に説明した。

 

「そうか。でも、それも仕方のないことよ、そんなに自分を責めることもない。故意に内緒にしていたと言っても、結果的に買ってくれるんやろ?あの人も買い手は探しよったんやろ?よく買い手を見つけたばい。

さっきの奥さん見たやろう。原田があんなことになって、借金まで背負ったら大事よ。

せめて、そこくらいは残った俺たちが責任もって綺麗にしてやらんといかん。」

 

「それで許されることかな?どうしたら・・後はどうしたらいいんだろうか。」

 

「取りあえず、明日売買契約結んで、売却金であの人の借金払おうよ。把握できている部分は全部ね。それで、少し様子見て、会社は清算せないかんやろう。奥さんが継ぐってこともないやろうから。」

谷中のなかでは、すべての終わらせ方までイメージ出来ているようだった。

 

「うん。分かった。・・・谷中君、なんでそんなに落ち着いていられるの?俺が最初に電話した時もなんかそんなに慌てている感じがしなかったから。」

純二はずっと感じていた違和感というべき、その疑念を投げかけた。

 

「驚いたよ。驚いた。だけど、そんなこともあるかなって気はしとったよ。まさか、今日明日の話ではないと思いよったけど。なんとなくね。本当になんとなく。あの人カッコつけやない。そんな自分に耐えられなくなるような気がしとった。

でも、俺には絶対に言わないとわかっとった。」

 

「なにを?」

 

「もう死ぬってことをたい。俺には言わんと思ったけど、あんたには言うと思っとったよ。」

 

「なんで、そう思うの?」

 

純二は、今にも壊れてしまいそうな心を、谷中の答えでどうにか保っているかの様だった。

 

「なにを?なんで?って、あんた友達やろうもん。この人様子おかしいなとか、そんなことくらいわかるやろ。あと、色んな友達の形があるさ。俺とあの人の、いがちゃんとあの人の、あんたと俺のも、そうばい。

あの人もよく言いよったよ、純二の様子がおかしいって。辛そうだ。大丈夫かなぁって。あいつの居場所は俺が守るってずっと言いよったよ。」

 

谷中悟は、少し語気が強すぎたことを反省しつつ、最後にこう伝えた。

 

「あんた、強くならんといかんばい。あの人の分まで。ねぇ、いがちゃん。」

 

「あんた、死んだらいかんよ。」

 

谷中悟はそう言った後、もう冷たくなった缶コーヒーに口を遣った。

 

井川純二はなにも答えなかった。

 

 

 

一方、病院に搬送され弘一朗は、奇跡的に一命を取り止めていた。

しかし、昏睡状態であることに変わりはなく、そんなに長い時間は残されていないであろうこと、そして、目を覚ます可能性はほぼ無いという現実が弘一朗の妻に告げられた。

 

弘一朗の妻“みゆき”は涙を流した。

弘一朗の母親、そしてみゆきの両親が到着するまでの間、最後の一滴になるまで泣いた。

そして、それは喜びの涙だった。

昨夜、何も言わずに家を出て、それっきりの冷たい塊になっていたはずが、こうして弘一朗として寝ているという現実を感謝するほどに。

先程、事務所から電話を入れたのは、自分の母親と、弘一朗の母親であった。

みゆきは、総合受付のソファーで母親の到着を待つ間、さっきのやり取りを思い返していた。

 

「お母さん、こうちゃんが、自殺したみたい。今救急車で運ばれているみたい。」

 

「みたい、みたいってしっかりしなさい。あんたがしっかりしてないと、こうちゃんが助かった時も、もしも駄目だった時も、安心して逝くことも出ないよ。すぐにそっちに向かうから、それまでは毅然としときなさい。泣くなら、お母さんが着いてから泣きなさい。」

 

なんだか強いなぁと感心していた。それと同時にお母さんがああいう風に言ってくれたから、こうちゃん、ギリギリこの世に踏み留まったのかなぁ。それから、こうちゃんのお義母さんもやっぱり強い人だなぁと思っていた。

 

「お義母さん、こうちゃんが自殺しました。私も連絡受けたばかりで、安否はわかりませんが、病院含めてわかったらすぐに連絡入れます。お義母さん、本当にすいません。私が至らないばかりに、すいません。」

 

「みゆきちゃん、ごめんね。バカ息子が本当に迷惑ばかりかけてごめんなさい。泣く必要なんてないから、そんなに泣かないで。本当に弱虫だったね。ごめんね。すぐ行くから待っていてね。大丈夫だよ、みゆきちゃん。」

 

一言も、息子を案じた言葉は言わなかった。突然に最愛の息子が自殺したというのに、私のことを気遣う言葉ばかりだった。

でも、こうちゃんはまだ生きている。お義母さんもあの人に会うことが出来る。

 

笑顔で迎えよう。私が泣いていたらみんなが辛くなるから。あの人も。

 

一時間もするとみゆきの両親も、弘一朗の母親も、搬送先の病院まで遣ってきた。

みゆきは終始笑顔で応対した。

弘一朗の母親は、息子の顔を見た瞬間こそ大泣きしていたが、すぐに平静を取り戻した。

そして、みゆきとみゆきの両親に深々と頭を下げて、“申し訳ない。”と繰り返し謝るばかりだった。

みゆきの両親は黙って見守るばかりだったが、弘一朗の命が繋がっていることを娘と共に喜んだ。

弘一朗の母親は、今後の話を始めた。

「みゆきちゃんは自分の人生だけを優先して考えてほしい。私は今日こうして息子の寝顔が見られたからそれで十分。延命は考えていない。辛いお願いになるけど、延命装置の解除はみゆきちゃんの判断でいつでもいいと思っている。」

おそらくは、本当にみゆきの心配をしていたのだろうが、それと同時に治療費の負担を考えてのことも大きかったと思う。

それに対してみゆきは笑顔で応じた。

「わかりました。今までは出来なかったけど、腹の立つことがあったら、こうちゃんの足を抓ったりしてストレス発散しますから大丈夫です。」

みゆきに延命以外の選択肢は無かった。それが何年続こうとも・・・。

 

翌朝、弘一朗の現状が、谷中にも知らされた。

その報告を心から喜んでいいものかどうか、その返答に困ったが、弘一朗の妻の、実にうれしそうな声を思い返し、きっと良かったんだ。今、そしてこの先、自分に出来ることをやって行くだけだと自身に語り掛けた。

それと同時に、井川純二の再スタートを応援しようと決めた。

株式会社福岡システムから宗像の会社への事業売却の契約には、谷中悟も同席した。

すべては、純二から聞いていた通りの内容で、唯一確定していなかった売却額も決まり、弘一朗の負債すべては翌日、谷中により、綺麗に清算された。

これに伴い、株式会社福岡スステムは清算、井川純二は新天地でやり直すことになった。

この時、谷中悟は弘一朗の妻に、借金はすべて清算したことを電話口で伝えた。

それと同時に、鏡にも弘一朗のことを話した。

鏡は、最初こそ驚いて、ことの詳細を気にしていたが、責任の一端を感じているのかは定かでは無かったが、次第に無言となり、最後に「福岡に戻った時には顔をだすよ。」とだけ言って、電話は切れた。

同じころ、宗像と今後の打ち合わせをしていた純二に、一本の電話が入った。

安田優里奈からだった。

「井川さん、こうちゃんと連絡が取れないの。なにか知らない?」

実に不安げな声をしていた。

純二はうまい言葉を探したのだが見つからず、ありのままを告げた。

「はらちゃんは一昨日事務所で首を吊ったんだ。幸い一命は取り止めたみたいなんだけど、

意識はなくて、あんまり長くはないみたいなんだ。延命処置を続けたところで、意識が戻る可能性はないだろうって。今、日赤病院の集中治療室にいる。奥さんとか身内の人たちが代わる代わる付いているらしい。」

電話口から聞こえてくるのは、言葉を失った安田優里奈の微かな吐息だけだ。

暫くの沈黙の後、安田優里奈が言った。

「今後のことは井川さんから教えてもらいたい。だからなにかあったらすぐに連絡して欲しい。わたしの電話にもちゃんと出て欲しい。」

それを言うだけで限界だった。

安田優里奈は、目の前に突き付けられた現実に、泣けばいいのか、喚けばいいのか、もう泣いているのか、おかしくなって笑っているのか、何に泣いているのか、今が何時なのか、あの人はどこなのか、何も、なにもかも分からなくなった。

 

「こうちゃん?こうちゃん。こうちゃんってば。どうしたらいいの?酷い、ひどいよ。」

 

それから僅か10日も経たないある日、一人の男もまた自分に終わりを遂げようとしていた。

 

井川純二。彼は今日、自ら命を絶つ。

 

宗像は壊れた奴だった。

井川純二にはそれが見抜けていなかった。

純二は、役職こそあれ、給料は店舗利益の20%と告げられた。

赤字の店舗だ。ようするに報酬は無い。

 

契約の明くる日からは、慕っているはずの純二を“木偶の坊”と呼んだ。

他の従業員の前で、電卓で頬を叩かれた。

コーヒーを頭から注がれた。

 

もう、無理だった。

いや違う。

そんな仕打ち位なら、いくらでも我慢できた。

これが、弘一朗を騙してまで手に入れた境遇でなかったのなら。

 

その日、純二は安田優里奈に、こう告げた。

「はらちゃんは今のところ安定している。勿論意識はないけど。病院に行きたいなら一緒にいくよ。関係性はなんとでも取り繕えばいい。それでも、厳しいのなら、伝言というか、手紙か何かを渡しておくよ。

はらちゃんがいつそれを見られるのかわからないけど、きっと読んでくれるよ。」

 

「ありがとう。井川さん。でも今こうちゃんの顔を見る勇気が出ない。また今度にするね。

後、手紙は書いてあるのがあるんだ。走り書きみたいなやつだけど・・。それを渡しておいてくれるかなぁ?明後日くらいに時間ある?」

 

そう返した優里奈に、純二は即答した。

 

「今日じゃないと時間取れないんだ。取りに行くから持っておいでよ。今からすぐに行くから。」

電話を切ってすぐに車を走らせた。

15分もすると、安田優里奈のマンションの下に着いた。

マンションの下で手紙を受け取った。そして車に乗り込む時になって純二は言った。

 

「優里奈ちゃん、ごめんね。これ、はらちゃんに渡しておくね。」

「うん。ありがとう。」

「後、俺が電話に出られなかったら、谷中君に掛けてもらっていいかな。暫く県外で仕事になりそうなんだ。」

「そうなんだね。井川さんも頑張ってね。」そう笑顔で言う優里奈に

「これ良かったら聞き流して。はらちゃんは多分・・・優里奈ちゃんが幸せになることを一番望んでいると思うよ。うまく言えないけど、いい人いたらその人とって、はらちゃんも思っていると思う。ほんとに余計なことばかりごめんね。

それじゃぁ、元気で。」

 

井川純二はその足で、弘一朗の病院へ向かった。

あの日以来初めてだ。

病室に入り、看病で付き添っていた弘一朗の妻に手紙を渡した。

そして深々とお辞儀をして部屋を出た。

最後となるこの日も、とうとう弘一朗の顔を見ることは出来なかった。

 

病院を出て、ガソリンスタンドに立寄り、洗車をした。

自らの手で、細部にわたるまでに綺麗に。

その後、株式会社ニュートンスクエアの駐車場に自らの車を駐車した。

純二の乗るイタリア製の車は、会社のリースで購入したもので、まだ契約が残っている。

“最後くらいちゃんとしないと、また谷中君に怒られてしまう。”

 

最後の時、純二が、谷中悟に電話することは無かった。

 

 

 

 

「はい谷中です。はい、そうですが、えっ、そんな・・・・」

谷中悟が福岡南警察署から電話を受けたのは翌日のことだった。

 

井川純二の手には、谷中悟の連絡先と一枚のメモが握られていたらしい。

 

“ごめんね。最後の最後まで。でも友達だからいいよね。ありがとう。”

 

谷中悟は社葬にて純二をおくることにした。

じつに大勢の弔問客が訪れていた。

井川純二は、みんなに可愛がられていた。

 

“いがちゃん、これだけの人が来てくれたばい。”

“俺や、原田ならここまでの人は集まらんよ、あんたが生きとった証ばい”

 

谷中悟は、株式会社ニュートンスクエア代表取締役社長 井川純二として彼を送り出した。そう、弘一朗もきっとそれを望んでいるはずだとわかっていたから。

 

車を降りた谷中に、ジリジリと焼けるような日差しが、注がれた。

谷中は弘一朗の病院に来ていた。

弔問客の中には、弘一朗のことを聞きつけ、少なからず気にかけている者もいた。

彼らから、幾つかのお見舞いのものを預かった為に、届けに来たのだ。

病室には弘一朗以外誰も居なかった。

ベッド横の棚に、お見舞いのものを置いた時、無造作に投げ出された手紙に目が留まった。

そこには開封してない二通の手紙があった。

一通は署名なし。

もう一通には井川純二と署名されていた。

 

慌てて開封した。

 

そこには谷中悟が知らない真実が書かれていた。

 

 

はらちゃん、元気になってこの手紙を読んでくれているか?

 

こんな俺を誘ってくれてありがとう。

 

はらちゃん達と駆け抜けたこの何年かは、本当に幸せだったよ。

 

今だからこそわかるんだ。

 

多少辛いこともあったけどね。でも、感謝している。

 

後悔もしている。

 

はらちゃん、ごめんな。

 

助けてあげられなくて。

 

自分の中のもう一人の俺が邪魔をしていたんだ。

 

俺、会社興してすぐ位に気付いていたんだ。

 

もう一人の俺が居て、そいつは、はらちゃんのこと好きじゃないみたいだった。

 

なんとか抑え込もうとしていたんだけど、俺弱いから。

 

そいつが現れるきっかけはわからなかった。

 

だけど、はらちゃんが俺の事、本気で怒鳴りつけてくれると、そいつは姿を消したよ。

 

俺、怖くてさ。もう本当に怖くてさ。

 

はらちゃん、助けて、助けてって何度も、なんども繰り返していたよ。

 

はらちゃん、本当にごめん。

 

はらちゃんのこと助けてあげられなくて。

 

もう一人のはらちゃんはとても強かったよ。

 

初めのうちは俺が何とかしようと頑張ったんだ。

 

全部受け止めてさ。偉そうに言うと全部包み込んで呑込んであげようとしたんだ。

 

でも、無理だった。

 

いつの頃からか、もう一人のはらちゃんには、もう一人の俺が対応するようになっていた。

 

だからごめん。はらちゃん。嫌な思いさせたかもしれない。

 

はらちゃんがこんなことになって、俺の中には俺しかいなくなった。

 

だから俺、はらちゃんに恩返しするよ。

 

他にもいろいろあるから気にしないで。

 

はらちゃん、自分を取り戻してくれよ。

 

思い返して見てくれるか?

 

はらちゃんなら分かるはずだ。

 

元気になってくれよ。

 

学生の時からはらちゃんは、俺らの憧れだ。

 

じゃあな。弘一朗。

 

追伸

 

 

谷中君は気付いていない。

俺の中の俺のことも、はらちゃんの中のなにかにも。

谷中君は強いよ、はらちゃん。

あの人はずっとはらちゃんの力になってくれるよ。

 

 

 

手紙を読み終えた時、わからなかったなにかが繋がった。

だけど、どうする事もできない。今となっては。

室温調節されているであろう病室にあって、流れ出る汗を拭うことも出来ず、只々立ち尽くすばかりの谷中悟だったが、そこに弘一朗の妻が顔を出した。

 

「こんにちは、来てくれていたんですね。なにか飲みますか?」

「いや、大丈夫。ねえ、あのさ、」

弘一朗の変化を、いや、別の弘一朗のことをみゆきに聞こうとしてやめた。

「これ、そこにあった手紙。いがちゃんからだったから開けて読んだばい。この手紙貰って行っていいかな?」

「どうぞ。」

井川純二の葬儀のことは弘一朗の妻も知っている。

だが、彼女の口からその話が出ることは無かった。

 

そう言ったあとに、弘一朗の妻の耳元で一言囁いて病室を後にした。

 

 

 

車から降りた谷中に、ジリジリと焼けるような日差しが、注がれた。

左から、弘一朗が乗っていた黒の国産セダン。

真ん中には、純二の愛車だったイタリア製の車。

その右に駐車した谷中の4WDだ。

 

暑い。

自動販売機で缶コーヒーを買おうと思い立ったその時、谷中のスマートフォンに着信があった。

弘一朗の妻からだ。

何か悪い知らせかと思ったが、弘一朗の意識が戻ったという知らせだった。

すぐに車に戻り、ドアを開けたところで止まった。

鞄から別のカギを取り出し、弘一朗の愛車のエンジンをかけた。

そして、その車に乗って弘一朗の病院へと急いだ。

 

原田みゆきは病室にいた。

これまで幾度となく、弘一朗の母親から離婚を進められたが、そうはしなかった。

薄い反応の弘一朗の体を摩りながら、こみ上げる涙を抑えることは出来なかった。

化粧は剥がれ、真っ黒くなった目尻も気にせず、体を摩り続けた。

 

あれから、五年の歳月が流れていた。

 

意識を取り戻した弘一朗は、酷く動揺していた。

しかしそれは、みゆきの顔を見たとたんに治まった。

 

“ああ、みゆきだ。少し老けたか?あれ、ということは、長谷川里緒奈は来ていないのか?”

夢か現実か、おぼろげな中にあって、まだ声はでない。

でも、もう怖くない。

 

暫くすると、しっかりと目も開き、片言ながら言葉も出てくるようになった。

足は動かなかったが、腕は動かせるようになってきた。

弘一朗はまだ、昏睡状態であった時に思い描いた妄想から抜け出せてはいない。

 

離婚したお前がここで何している?

長谷川里緒奈はどこに行った?と質問をした。

 

「あんた本当におめでたいね。意識戻った早々知らない女の名前出して。あなたは自殺未遂起こして、意識不明になったの。あの事務所で。そして今、元気に戻ってきたの。」

 

『今、いつだ?』もう一度意識を失う程の衝撃だった。

 

「2014年7月22日。あれから五年が経っているよ。」

『なっ、俺死んだのか?いや、死にかけたのか?あれはほんの冗談のつもりで、その、』

冗談で自殺したとは言わなかった。

 

それから頭の中の整理をするとともに、みゆきが知っている範囲の情報を求めた。

 

『会社はどうなった?純二は?谷中は?母ちゃんは?親父は?』

矢継ぎ早に質問した。安田優里奈のことが気になるが、みゆきには聞けなかった。

 

「今、谷中さんがこっちに向かっている。詳しいことは谷中さんに聞いて。」

「あと、わかる範囲で答えるけど大丈夫?」心配そうなみゆきを前に、

『いいから早く教えてくれ。』怒鳴るように言った。

 

みゆきから聞いた話に、弘一朗は体の震えが止まらなくなっていた。

「谷中さんの会社は残っている。あの人が社長として頑張っているみたいよ。月に一回は必ず顔を出してくれていた。あと、こうちゃんのすべての治療費は谷中さんが出してくれている。あと、」弘一朗が割って入った。

 

『谷中が?治療費。なんでいくらだ。』

 

「なんでって、もうそんなこといいじゃない。助けてくれたのよ。こうちゃんが入院してすぐに、谷中さんが自分から言ってくれた。“原田の治療費は幾ら掛かろうと俺が全部払うから”って。うちにはもうお金なんて無かったし。金額は3,000万円以上になるよ。ちゃんとお礼言って。」

「あと、こうちゃん達の会社はもう無いよ。でも借金もないみたい。これも谷中さんがちゃんとしてくれたみたい。それと」

 

『売れたのか店が?株式会社ネクストドアが買ってくれたのか?』またも途中で聞いた。

 

「わかんない。だけどそんな名前じゃ無かったと思うよ。そのへんは谷中さんに聞いてみて。あと、お義母さんは元気よ。バカ息子がって怒っているけどね。

それと、お義父さんと井川さんは亡くなったよ。」

 

『なっ、死んだ?純二が、おやじが?なんで、いつ?なんでだよ。』

 

詳しいことは谷中さんに聞いて、としながらもみゆきは、知っている限りの話をした。

 

純二が自殺したこと、その詳しい原因はわからないこと、おやじも自殺だったということ、

弘一朗の自殺未遂から2週間後、純二の自殺から4日後に京築地区の山の中で発見されたそうだ。

遺書はなく、ただ“、申し訳ありませんでした。”と、誰宛かもわからない一文が書かれたメモ用紙があっただけだという。

 

そこまで聞いたところで、これ以上は無理だと思った。

そんな弘一朗を察してか、みゆきは一つのファイルを差し出した。

 

「こうちゃんが寝ている間に、お見舞いに来てくれた方のリスト。日時も記載しているから。あと、幾つか手紙と色紙を頂いたから。これにまとめている。見といて。」

 

そう言って、席を立った。

幾つかの手紙の中に、署名の無いものを見つけた。

その手紙を読んだ弘一朗は、あふれ出る涙を留めることが出来なかった。

 

「こうちゃん。きつかったね。辛かったね。今度は先に教えてね。一緒に逝ってあげるからね。ごめんね。こうちゃん。」と綴られていた。

 

安田優里奈だった。

 

本当に彼女は俺を支えてくれた。そんな彼女を不幸にしてしまった。

留まらない涙はその懺悔か、弘一朗もまた、彼女を本当に愛していた、その後悔の涙か。

会いたい。会ってお詫びしなければいけない。

そうした気持ちの整理もつかないまま、手にしたリストのあるところで、目が留まった。

 

“山下優里奈”と記載されていた。日付は今から半年前だ。見覚えのある字だった。

隣には“山下信二”と書かれていた。

すぐにわかった。

心の底からよかったと感じた。

安田優里奈は結婚したんだ。

数年間は地獄のような日々を過ごしたであろうが、今は幸せになっている。

弘一朗の留まらぬ涙は、うれし涙となってまた流れた。

 

安田優里奈の幸せを感じたところで、もう一人の女性を探した。

長谷川里緒奈だ。

彼女とのことが、自分が作り出した妄想とは、とても思えなかった。

記憶の一つ一つを、手繰り寄せるように紡いでいった。

どんなに考えても、現実であるはずは無かった。

 

逢いたいな。もう一度。

 

「あんた、しぶとかねー。生き返ってきたとね。」

突然、谷中悟が遣ってきた。

久しぶりに見る谷中は、少しふっくらとして、白髪も数本見えていた。

 

『しぶといだろう。自分でもびっくりよ。なんかいろいろすまん。』

涙が溢れた。

それを堪えようとして、大きな声が出た。

それから始まり嗚咽が止まらなくなった。

『ごめん。ごめん。谷中。』

 

「なに泣きようと。あんたらしくもない。そんなに泣かれたら文句も言えんくなるよ。

たくさん文句言おうと楽しみにして来たのに。」

 

谷中悟もまた、やさしい涙をこぼしていた。

 

そこから一時間ほどで、その後の流れを聞いた。

時系列正しく、的確に伝えてもらえた為、ほぼ完全に理解が追いついてきた。

落ち着きを取り戻したところへ、谷中が一通の手紙を差し出してきた。

 

井川純二からの手紙だった。

内容はよくわからなかったが、純二の強い想いはひしひしと伝わってきた。

 

『これは、どう理解したらいい?』意味が分からず戸惑う弘一朗に、

 

「なんとなくしかわからん。だけど、いがちゃんは全部に気付とった。自分のことも、あんたのことも。

よくはわからんけど、あんたのお父さんも。」

 

『おやじも?なんで?』増々混乱してきた。

 

「うまく説明できん。だけど、その手紙読んだ後に思い返して見たらわかる。

多分間違いない。あんた、上手に向き合っていかんと駄目よ。

急激に記憶辿っていく必要はないっちゃけんね。分かった?聞いとうと?」

 

谷中の言葉は頭に入ってこなくなっていた。

 

谷中悟はまた来ると言って去って行った。

帰り際に、

「あんたの車、下の駐車場に持ってきとうよ。見たら元気出るばい。置いていくけんね。

これ、鍵。とにかく、ゆっくり、ゆっくりばい。俺も付き合うけん。」

 

結局、治療費のお礼も言えていないままだった。

 

ここから、真実を辿る記憶の旅が待っていた。

 

昏睡状態の、夢の中での記憶はいまも鮮明に残っていた。

そこから、辿っていくことにした。

 

泣き虫な俺は幼稚園もひとりで行けない。

おばあちゃんはいつも優しくしてくれた。

あと、母ちゃんといった芋掘りは楽しかった。

おやじの記憶は無い。

 

 

小学校に上がった。

引っ越しをした。

慣れなくて怖かった。

やさしかったおばあちゃんが死んだ。

おやじとの記憶は、坊主にされた、誕生日の約束を破られた、あと他には・・・

 

ある。

いくつもあった。

 

入学式でおやじに肩車されてうれしそうに笑う俺がいた。

ソフトボールの大会で、震える両足でふんばって見つめた先には、バックネット裏から笑顔で俺を見つめるおやじがいた。

坊主の時も、・・・・「お前の行く中学は坊主頭だから一回試しておけ」と言われた。

誕生日の釣りの時も、その日はどうしても仕事が終わらず、その気まずさから、家に帰って来ることが出来なかった。そのお詫びとして、当時俺が一番欲しかった、タッチセンサーライトを枕元に忍ばせてくれていた。

 

高校生になって初めての野外ライブに参加した時、遠くから見ていたおやじがいた。

高校卒業の夜も親父は俺の帰りを待っていた。家に帰らなかったのは俺の方だ。

 

その後大学に行って谷中と出会う。

谷中には随分お世話になった。本当の友達だ。

あらためて思い返す必要などない。

そして、BARで働いた。

みゆきに出会った。

なんの間違いも記憶違いも無い。

その後、お客さんの紹介で就職した。

そうだ、BARのオーナーにはお礼と、これまでの非礼をお詫びに行こう。

そこで純二と再会した。

 

(純二の自殺の訳は?宗像の件は谷中から聞いたばかりだ。とんでもない奴だ。絶対に許せない。)

 

共に働き、そうだ、鏡さんもいた。

そして、そして、・・・・・純二が、会社を辞めることにしたよ。と言ってきた。

そこで俺は、・・・・・・・俺は・・純二の相談に乗ってその後、嫌々ながらに、起業に参加したんだったよな、確か・・・。

 

 

 

ちがう。全く違う。結果が出なくて悩んでいた井川純二に退社を促し、独立を進めた。

 

弘一朗はハッとした。

そこから湧き出す泉のように、真実の記憶が後から後から押し寄せてきた。

 

純二の実家が資産家であることを知っていて、先に転職していた鏡さんに俺が電話した。

井川純二を紹介するから、準備がある程度進んだところで、一旦保留にするようにと絵まで描いた。

そして“、お前が一緒でなければ、契約は出来ない”と言ってくれとお願いしたんだ。

純二のお父さんに呼び出された時もそうだ。

このままではマズいとになる。として嫌がる鏡さんにお願いして一緒に来てもらった。

途中、何度も何度も、車の中で打合せを繰り返し、井川のお父さんが一番嫌がる方法を探っていたんだ。

 

谷中悟を会社に誘ったのは、何故だ。わからない。

そうだ、そこに裏はない。

ただ、一緒にやりたかっただけだ。

あいつのことを心から頼りにしていたんだ。

 

それなのに、それをよしとしない俺?がいた。

 

途中で井川純二が社長らしくなりかけた時に、それを妨害する俺?がいた。

 

いろいろな取引先の会合や勉強会に、無理矢理純二を参加させた。

1ケ月30日ほぼ毎日だ。

そして唐突に純二の経費だけを絞めつけた。

当然お金が足りなくなる。

お次は、女性社員の堀田と予め、筋書きを決めて純二をはめた。

自分が一番であり続けるために。

しかし、この頃から純二の中にも、そんな悪に対峙するための純二が現れたとすると納得がいく。

普段の優しくて、気弱では無い純二が、姿を現しだした頃だ。

 

そう言えば、女性社員の冷たい視線は純二や堀田にではなかった。

俺に向けられたものだったんだ。間違いない。

そういう事の一つ一つが記憶にあるからこそ、自分の居場所は株式会社ニュートンスクエアにはないと無意識にわかっていたんだ。

どこかで俺は、本来の自分で回りを見つめ、その現実を理解していたんだ。

それでも、野心に溢れたもう一人の俺?いや本来の俺?がそれを許さなかった。

 

久しぶりに息子に会おうとしていただけのおやじに、少額短期保険事業の買収と黒田氏退任のシナリオを迫ったのも俺だ。

その結果、膨らむ赤字と借金に追われた俺が、おやじに迫ったんだ。

 

「おやじのせいで滅茶苦茶だ。俺が幾ら使ったと思っているんだ。」

「自殺でもして金作れよ。」

「掛金がないのなら、谷中になんとでも言って用意して貰えよ。」

 

俺だ。

二人とも俺が殺したんだ。

 

井川純二は知っていた、原田弘一朗が闇に呑込まれていることを。

また、純二自身が呑込まれて行っていることにも、全部気付いていたんだ。

多分、おやじもだ。

 

 

自殺を試み、昏睡状態に陥ったことで、弘一朗の中の基本人格、主人格、救済人格、それら彼を支配していた闇も、消え去ってしまったのであろうか。

ある時期から、純二の居場所に強い執着を見せた弘一朗は、彼のその救済人格の特徴なのか、彼本来の意識なのか。

また、谷中悟に対する信頼はイマジナリーフレンドと言われる想像上の友達を、弘一朗が現実の谷中悟と重ね合わせた結果なのかはわからない。

ただ、今となっては、すべて弘一朗の中の本当の良心だとしなければ、井川純二も親父も許してはくれないだろう。

 

原田弘一朗は客観的に自分を見ることが出来なかった。今迄は、どんなにそうしようとしても出来ないばかりか、その行為自体に蓋をされるという感覚を持っていた。

 

だが、今は初めて自身の闇を理解することが出来た。

そしてそれは、彼の中の、“彼らの時のすべての記憶”を蘇がえらせたのだ。

いや、はたしてそうだろうか?

彼は五年前のあの日、気付いていたのではないか?

お腹が空いていたにもかかわらず、なにも買おうとはしなかった。

普段気にも留めない車を綺麗にしようと思った。

すべての事実を理解し、自ら終わらせようとしたのではないか?

それでも尚、最後の最後に別の彼に支配されてしまったのではないのか?

 

それでも、今まで彼が人間として生きてこれたのは、妻のみゆきや、安田優里奈の存在があったからに他ならない。

先の見えない中、数年間も寄り添ってくれた妻の愛情と、安田優里奈の想いを感じ取れた今ならまだ、これまでの人生は幸せでしたと胸を張れる。

二人とも、もっと早く楽にしてあげるべきだった。

いや、安田優里奈は幸せをつかんだはずだ。

後は、みゆきだ。

もう、みゆきに会ってはいけないんだ。

 

数年ぶりに訪れようと決めていたBARは、跡形もないということを知った。

おやじも、純二も居なくなった。

弘一朗の生きてきた証は、ことごとくその姿を消し去っていく。

 

弘一朗は、長谷川里緒奈を探した。必死になって探した。

昏睡状態の中、意識の内で長谷川里緒奈を作り出したことは間違いない。

だが、長谷川里緒奈がいたことで、その命を紡いだことは疑う余地はない。

 

もう一度、長谷川里緒奈に会えるかな。

せめて、今度会うときは幸せにしてあげたい。

 

もう一度、自分を取り戻そう。

 

みゆきの幸せの糧になるんだ。

 

純二の死を知った今、本当の自分を取り戻したんだ。

 

もう一度、もう一度、死のう、次が最後だ。

 

俺が俺であるうちに逝こう。

 

弘一朗は、辛うじて動かせるようになった右手で、ベッド横に掛けてあったGUCCIの青いドット柄のネクタイを掴んだ。

 

さっきまでの刺さるような日差しは陰り、今にも泣き出しそうな空が覆いつくそうとしていた。

 

1章:ひかり
2章:友情
3章:変化
4章:親子の関係
5章:勝負
6章:破滅
7章:悟の狙い
8章:父の想い
9章:純二の視点
10章:回想
最終章:闇の真実


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